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中山道 妻籠宿
(歴史のおもかげ残す宿場町)


08/07/13(日)

江戸と京を結ぶ中山道は、山深い木曽路を通ることから木曾街道ともよばれていました。
中山道六十九次のうち江戸から数えて四十二番目になる妻籠宿は、中山道と伊那道が交差する交通の要衝として古くから賑わいをみせていました。



■町並み保存運動のはじまり■
時代がかわり明治になり鉄道や道路が新たにつくられ、宿場としての機能を失った妻籠宿は衰退の一途をたどりました。
やがて明治になり経済成長の中、江戸時代の宿場の姿を色濃く残している町並みが見直され、ここに全国に先駆けて保存運動が起こったのです。


妻籠の人たちは町並みを守るために家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」という3原則をつくり、 ここで生活しながら、江戸時代の街並みという貴重な財産を後世に伝えているのです。(パンフより)



■寺下の町並み■
そこに人が住み、生活しながら続いてきたのが、妻籠宿の保存運動。
最初に保存事業が行われた寺下地区は、妻龍宿の原点ともいうべき町並みです。



■〒妻龍郵便局■



実際に郵便局として機能しているようです。
中へ入ると時代を感じるたくさんの資料があり写真撮影も自由にどうぞと書いてありました。



■妻籠宿本陣■
宿駅が制定されると妻籠宿本陣には島崎氏が任命され、明治に至るまで本陣、庄屋を兼ね勤めました。
島崎藤村の母の生家で、次兄広助が養子にきています。
平成7年4月に復元されました。


今回の旅行は暑った!

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