グレートマザー

今日は母の日。

・・・・ということを、彼から教えてもらうまですっかり忘れていました。

ママ、あなたの娘は、今週末も豊岡でプラプラして、彼のことで頭がいっぱいでした。ごめーーーーーーーーん!!(懺悔)

後日、妹と力を合わせて、母のほしがっていたバッグをプレゼントする予定です。

しかし、こんな勝手な娘の私も、20代半ばを過ぎたころから、さすがに年々母の偉大さ、ありがたさが身に染みるようになってきました。

それは、私が職業上、育てられる側から育てる側(全然未熟ですが)になったことや、結婚というものを意識する年齢になったこと、そして、母から離れて一人暮らしをしている日々から、どれだけ「妻」や「母」の役割が重要なものか思い知ったからだと思う。

母は結婚以前、とある大手銀行に勤務していて、それはそれは仕事ができて、しかもお茶もお花も着付けも料理もできてモテまくったそうだけど(注※自称)、父と結婚して以来は、いわゆる専業主婦になったそうだ。しかもうちは父親が難病で死にかけたり、父の会社が倒産したり、家が地震でつぶれたりで、ずっと貧乏だったから、母がおしゃれしたり、どこかへ出かけたり、趣味に興じたりする姿は見たことない。毎日、家にいて、そうじして、洗濯して、子供の面倒見ての繰り返しで、何が楽しいのか分からなかったけど、とにかく毎日笑顔で家族の太陽のような存在だった。

父や私や妹が落ち込んだり、不安定なときも、一人だけ「ガハハ」と笑っていて、家族のピンチを救ってくれていた。

なんてことはない毎日かもしれないけど、当たり前のことを当たり前に、毎日、笑顔で家を守って、家族の毎日を支えた30年のすごさが、今なら分かる。

絶対自分自身も泣きたい日があったはずなのに、また、女としても人としても、自分の人生についてこれでよかったのかとか思い悩む日もあったはずなのに、私は28年間、母の泣いた姿は見たことがない。

先日、私が

「私、結局勉強しかでけへん。他の同い年の友達とくらべたら、私はなんか偏ってるし、大人としてなんか未熟で恥ずかしいときがあるねん。」

と、自分自身の未熟さを愚痴っていたときのこと。

母が突然、こう言った。

「私はね、仕事よりも趣味よりも、子育てで結果を出そうと思ってん。子育ては途中でやめられへんから。

私の夢は、自分の子をしっかり育てて、社会に貢献できる人間にすることやった。あんた、勉強しかできへんって言っても、学校で勉強教えるって言うたら立派なもんよ、なあ。」

と。

このせりふが他の人から見てどう思われるかはまた別として、娘としては、とても胸うたれるせりふだった。

母は、自分の贅沢も趣味も仕事も犠牲にして、私に数々の習い事をさせ、進学させ、大学院にまで行かせてくれて、心血注いで育ててくれたんだなあって。それを「夢」だと思って28年間、誇りをもって生きてきたんだなあと。

母が私を生んだのは27歳のとき。

私はいま28歳。

母がちょうど、「専業主婦」「母」としての生き方を選んだ時期と重なる。

母の夢の分も、しっかり受け継いで、これからもがんがん働いて、そして私自身も誇りたかき母になれるよう、「女性」として、「人間」として成長していきたい。

・・・って、母本人には照れくさくて「ありがとう」くらいしか言えないから、ここで言ったのでした。

みなさんも、おうちのお母さん、もしくは自分自身のお母さんみたいな存在に、ありがとうってつたえましたかー?


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