期間:2007.5.7〜5.14  |
| 旅の計画 |
■小学校の低学年の時に数年間大分県に住んでおり何時かはその地を訪ねてみようと思っていたが
その夢を追って九州の旅に出かけた。
■宿はハウステンボスを除いて全て厚生年金の宿を事前に予約して出かけた。
■観光地はガイドブックとインターネットで行く先を決めて廻ったがやはり九州は広く予定の6割程度しか行けなかった。
■旅行は乗り慣れたマイカーで全て走破しようと思ったが大変なので大阪⇔別府間はフェリーを利用。 |
|
| 旅の印象 |
■連日快晴で雨の日はなく快適なドライブ旅行であった。
■ 故郷を訪ねる旅は残念な結果であった。思いで深い海岸線や小川は埋め立てられて全くその姿を留めていない為
何処が我が家の場所だったかも特定できなかった。
■50年ぶりの長崎や阿蘇山は高校の修学旅行を思い出させてくれた。
平和祈念像は当時と異なり綺麗な青銅色に塗られていた。
■愛車のマークUはトラブルも無く全行程2,400Kmを無事走破。
■運転は奥さんと交代で担当、景色の良いところは奥さんが運転で私がカメラマン。
■ナビの地図が古いためか長崎から佐世保に向かう道でハイウエーのミスガイドがあり迷ったこともあった。
■厚生年金の宿は比較的綺麗で1万円弱の値段で料理もまずまずで美味しい薩摩焼酎を飲ませてもらった。 |
| 旅日誌 各写真はクリックで拡大、左上の『戻る』で元の頁に |
 |
| 1日目 5月7日(月) |
| 裾野から大阪南港ターミナルへ |
| 連休明けの初日のAM10時頃に静岡県裾野の我が家を出発して一路大阪南港を目指した。南港は初めてであったがナビの指示に従い順調に17時頃到着。少し早かったが渋滞で遅れることも考えて早めに出たので当然かも。駐車場に車を止めて乗船手続きを。フェリーの代金はインターネット予約だと2割引であるが1000円を払って関西汽船の瀬戸内倶楽部に入ると3割引となった。予定どうりPM6時50分に船は出発。一路別府に向かう。船内の食堂で夕食をとる。大衆食堂のように小皿に料理が盛られており刺身やおでんや煮込みをお盆に載せて生ビールをもらい会計してテーブルに。2等寝室は2段ベッドの8人部屋であったがこの日は大分に里帰りの夫婦と二組4人だけであった。 |
|
|
 |
2日目 5月8日(火)
早朝別府で下船→地獄めぐり→大在(故郷を訪ねて)→佐伯→延岡→日向→シーガイヤ→宮崎 |
| 別府地獄めぐり (8地獄見学 セット券 ¥2,000- ) |
 |
 |
 |
 |
| 別府の湯煙 |
坊主地獄 |
海地獄 |
山地獄 |
| フェリーで簡単な食事をしたのでそのまま別府の地獄めぐりに向かった、目的地に着いたが早すぎたようで入園まで1時間近く待たされた。 |
 |
 |
 |
 |
| かまど地獄 |
鬼山地獄 |
白池地獄 |
血の池地獄 |
| 竜巻地獄は間欠泉で30分以上待ちのため待ちきれず次の目的地へ |
| 古里探し→シーガイヤ→宮崎 |
|
 |
 |
 |
 |
| 大在の故郷 |
シーガイヤー |
ウェルシティ宮崎 |
夕食のテーブル |
大在の故郷探し:懐かしい海岸も小川も埋め立てにより今は跡形もなし。暫くウロウロしたが諦めて次の目的地に。
シーガイヤーは倒産したと聞いていたが経営は変わったようであるが今でも若者達が人口波で元気にサーフィンを楽しんでいるようであった。夕方で帰り支度の若者達に様子を聞いたが親切に教えてくれた。 |
|
 |
| 3日目 5月9日(水):宮崎→青島→鵜戸神社→都井岬→姶良(鹿児島) |
| 青島 |
 |
 |
 |
 |
| ウェルシティ宮崎の朝食 |
フェニックスの並木 |
青島 |
日南海岸線 |
|
 |
 |
 |
 |
| 波状岩の海岸線 |
鬼の洗濯板とよばれる波状岩 |
青島神社 |
青島神社 |
|
青島は波状岩に囲まれた、周囲1.5kmの小さな緑の島です。5000本を超えるビロウ樹や亜熱帯植物が密生する不思議な島。
島のほぼ中央に、海幸彦[うみさちひこ]と山幸彦[やまさちひこ]の神話ゆかりの青島神社もある。豊玉姫との恋物語が伝えられ、縁結びのご利益がある。 |
| 鵜戸神社 |
 |
 |
 |
 |
| 鵜戸神社正面入口 |
一山越えて |
御本殿前 |
洞窟の中に御本殿が |
| 当神宮は「鵜戸さん」と愛称され、国定公園日南海岸の風光明媚な所、日南市鵜戸の日向灘に面した、自然の神秘な洞窟の中に、朱塗りで色あざやかにご鎮座。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 運玉で運試し |
ボトルブラッシュ(亜熱帯植物園) |
押切峠 |
鬼の洗濯岩 |
|
| 都井岬: |
 |
 |
 |
 |
| 野生馬 |
野生馬 |
野生馬 |
急な斜面で草を食む野生馬 |
| 都井岬は日南海岸の最南端の岬です。岬は長さ4キロの芝生に覆われたなだらかな台地が続き「御崎馬」と言われる野生の馬が生息している。これらの馬は約300年前に放牧された軍馬が野性化したもので、日本在来馬の中でも貴重な種類のもの。昭和28年(1953)に国の天然記念物に指定されています。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 都井岬の灯台 |
姶良から見る桜島 |
ウェルサンピア鹿児島あいら |
姶良の夕食 |
|
 |
| 4日目 5月10日(木):鹿児島→通潤橋→高千穂峡→高千穂神社→阿蘇山→米塚→大観峰→熊本 |
| 高千穂峡 |
 |
 |
 |
 |
| 通潤橋 |
高千穂峡 |
高千穂峡 |
高千穂峡 |
| 通潤橋は人を渡す橋ではなく、橋の上に石造パイプを3列並べた通水管を通し、水を渡す水路橋である。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 一番奥の店で昼食 |
竹の皿に入った昼食の蕎麦 |
高千穂神社 |
秩父杉(巨樹) |
| 高千穂峡(五ヶ瀬渓谷)は約12万年前と約9万年前の二回の阿蘇火山活動の際、噴出した溶岩流が五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出し、急激に冷却された侵食谷。柱状節理のそそりたつ断崖、岩をかむ激流、千古の謎を秘めた深淵、湧く岩清水、四季をとおして雄大にして清々しい景観です。 |
|
| 阿蘇山中岳ロープウェ→草千里→米塚→大観峯 |
 |
 |
 |
 |
| ロープーウエイ乗り場 |
阿蘇山ロープーウエイ |
阿蘇山火口 |
阿蘇中岳 火口 |
阿蘇山ロープウェーは世界で初めて活火山に架けられたロープウェーです。
幅の広い窓からは阿蘇山特有の荒涼とした大地と雄大なカルデラを見下ろすことができます。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 避難用トーチカ |
草千里 |
米塚 |
大観峯 |
| 爆発時の噴石から守る避難用トーチカ |
もとは、火口だった場所で、直径約1qの円形の草原が広がっている。草原には、牛や馬が放牧されている。 |
米塚は小さな火口丘の跡で標高差は100m程度 |
大観峯という名のとおり,外輪山から阿蘇カルデラ内を見下ろすという. 素晴らしい絶景である。 |
|
 |
| 5日目 5月11日(金): |
熊本→熊本城フェリー→島原城→普賢岳→長崎→四海楼(昼食)→天主堂
→グラバー園→平和公園→ハウステンボス |
 |
 |
 |
 |
| 熊本城 |
長崎フェリー |
島原城 |
島原 |
| 日本三名城の一つに数えられる熊本城は、天正16年(1588)、肥後半国の領主として熊本に本拠を置いた加藤清正によって築かれました。 |
フェリーは韓国の修学旅行生で一杯、
朝鮮半島が近いことを感じた。 |
島原城は寛永元(1624)年、松倉豊後守重政が7年の歳月をかけて築いた。明治の御一新で解体されたが昭和35年「西の櫓」が、39年に「天守閣」を復元。 |
フェリーから普賢岳が見えた。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 普賢岳 |
四海楼 |
長崎チャンポンと皿うどん |
大浦天主堂天主堂 |
| 雲仙での最高峰普賢岳は1990年に200年振りに噴火し山下の島原市や南島原市に多大な災害をあたえた。 |
福建省出身の陳平順が明治32年、唐人屋敷の入口付近で中華菜館兼旅館の『四海樓(しかいろう)』を創業した。この四海樓で生まれた『支那饂飩(しなうどん)』がその名も『ちゃんぽん』と変わり、長崎で最も親しまれる大衆料理へと発展し |
|
 |
 |
 |
 |
| 大浦天主堂 |
長崎市内 |
長崎港 |
グラバー園 |
| 天主堂:フランス人フューレ、プチジャン両神父によって1864(元治元)年に創建。現存するものでは日本最古の木造ゴシック様式の教会。 |
グラバー園:幕末から明治にかけて建てられた洋館を一堂に集めたもの。園内には9つの洋館が建っている。 |
|
 |
 |
 |
 |
| グラバー園 |
グラバー園 |
平和祈念像 |
平和公園 |
| 平和祈念像:1955年8月8日(昭和30年)に完成。青銅製の像で高さ9.7m台座3.6m重量30t。北村西望氏作。この像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、原爆犠牲者の鎮魂と永遠の平和を願い、上に指さした右手は原爆の脅威を、水平にのばした左手は平和を、
軽く閉じた瞼は戦争犠牲者の冥福を祈っているといわれています。 |
|
 |
| 6日目 5月12日(土):ハウステンボスで1日楽しむ→夕方伊万里まで走る |
| ハウステンボス ハウステンボスの単独HPはこちら (30枚の写真を掲載) |
 |
 |
 |
 |
| JRホテル11階より |
ホテル専用のクルーズで |
風車 |
ドムトールン |
|
オランダの女王陛下がお住まいの「パレス ハウステンボス」、その宮殿の外観を忠実に再現した。オランダ語で「HUIS
TEN BOSCH」。それは「森の家」を表す。
40万本の樹木を植え、運河をつくり海水を引き込み、およそ5年の年月をかけてこの街を造った。 |
 |
| 7日目 5月13日(日):伊万里→秘窯の里・大川内山(鍋島藩窯跡)→福岡の友人を訪ねて→大宰府→湯布院→別府 |
| 秘窯の里・大川内山:青山のぐい飲みを購入 |
 |
 |
 |
 |
| 秘窯の里 |
入口の橋にも伊万里焼の壷 |
各窯ごとで焼き物を小売 |
登り窯 |
|
| 良質の青磁原石を産出することから1675年(延宝3)に鍋島藩御用窯となり、色鍋島や鍋島青磁などが焼かれてきた。 |
| 周船寺(福岡)の友人宅へ→海の見える和風レストラン『ざうお』でお昼をご馳走に→九州大学案内 |
 |
 |
 |
 |
| 福岡湾を前に |
ざうおで昼食 |
九州大学 |
工学部学舎 |
| 伊万里から友人夫妻の待つ周船寺に向かう。彼は今は九州大の教授でお昼をご馳走になり九大の案内をしてもらった。 |
|
| 大宰府→湯布院→別府 |
 |
 |
 |
 |
| 大宰府 |
大宰府 |
大宰府 |
大宰府 |
太宰府は7世紀後半に地方政庁が置かれ、九州きっての古都として知られる。菅原道真を祀る太宰府天満宮は全国に1万2000社ある天満宮の
総本山的な存在で、学業祈願を中心に年間600万人以上が訪れる。 |
|
 |
 |
 |
 |
| 大宰府 |
湯布院駅前通り |
由布岳 |
船内 |
| 由布岳は日本を代表する温泉地になった大分県湯布院町にあり、豊後富士とも言われ、その姿は優雅で標高は1584M。 |
|
 |
 |
 |
・二等寝台は4人、8人、12人部屋がある。
・船内の案内所で部屋を指定されるがこの日は空いて居るので4人部屋を希望したらOKであった。
・他の客も来なかったので二人だけで1室を利用できた。 |
| さんふらわあ号 |
船尾より車両搬入 |
別府にお別れ |
|
|
 |
| 8日目 5月14日(月):一路裾野に→14時頃裾野の自宅に到着 |
| 別府19:00発→6:30大阪南港 |
 |
 |
 |
 |
| 食堂で晩酌を2本 |
2等寝台 |
奥さんと交代で |
一路裾野に |
|