秀吉が語る手紙の役割
唐突にも秀吉の手紙の書き方と題した話題をしたい、秀吉を含み、戦国武将といえば、信長、秀吉、家康等の名が浮かびますが、戦乱の世にて彼らが書いた手紙とはどんな意味合いを持っていたのだろう、またどうしてみんなあんなに達筆だったのだろう。
戦国時代の武将は基本的には戦乱を勝ち抜く体力と、知力が当然に必要だった、単に小手先の要領の良さのみでは勝ち抜くことはできなかった。
この知力とは、江戸時代の武士が学んだ訓古的な学問とは違い、戦乱の武士が学んだのは、あくまでも『実学』すなわち、『生き残りをかけた実践学』の拾得になる。
この『生き残りをかけた実践学』に主眼を置くことにより戦国武将たちの教養の高さは特筆している。
つまりそれを証拠づける例として、名だたる武将たちの手や文面に見られる、そして彼らは例外なく達筆ということです、悪筆な武将はほとんど見あたらない。
当時の慣習として、字がうまいということは知性も高いと言われていて、実はこのことに要因を発しているようです。
当時に限らず、手紙は自分自身の分身のようなもので、人間性や自分の行動の正当性を伝えるための手段であり、その際の、筆跡は内容を保証し、補強するものであったようです。
今も似たようなことですが、戦国時代ではより多くの味方を付けるのが有利な戦争に導く方法ですから、相手の心を動かす、説得力のある文書、文字が不可欠だったのですね。
そこで、あの『秀吉』ですが、そもそも教養のない男と喧伝された時代もあったようで、無学を美徳に変えたような雰囲気のようですが、しかしかなりの筆達者のようです。
『信長』の後を継いで天下統一した男です、小才がきく調子者だけで天下統一などできるはずはない。
そもそも彼が無学と誤解されたのは、晩年近くに残した手紙がほとんど仮名書きからきているようです、つまり男は全部、漢文で手紙は書くことになっていたが、彼はシャレのつもりで平かなを用いたそうです。
とくに残っているものを見聞するにほとんどが、女性にあてた手紙であり、女性の心つかむのが目的だったそうです。(^_^)v