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43会の阿曽田です。滝本先生祝賀会の翌朝熊本を発って夕刻神戸に帰りました。渋滞にぶつかったため、9時間のロングドライブでした。ひとりぼっちの帰省でしたから、少々疲れ気味です。5日になりましたが祝賀会について誰からもグリーMLに投稿がないようなので、とり急ぎ速報としてお知らせします。

会の出席者は総勢約120名。昭和27年から64年卒まで幅広い顔ぶれでした。県外からは20人近くが集まりました。オープニングは先生と民謡歌手、西村直子さん二人による「祝い歌」三曲。先生は即興伴奏で共演されました。先生のピアノは往年と少しも変わらないタッチで元気そのものでした。曲は「五木の子守唄」「ひばりのリンゴ追分」「おてもやん」。西村直子さんは金沢明子と並び称せられる実力派で、ピアノ伴奏でも歌える数少ない民謡歌手と後で紹介されました。先生とはお互いに音楽を通して極めて"ほれあった仲"との由。先生も「この年になると、役に立ちませんが・・・ピアノはまだ自由になります!」「歌い手の口元、雰囲気を見ながら、即興で合わせるのはとても楽しい」等と、後の挨拶の中で話されました。4年前に知り合い、昨年も各地の演奏会で共演されたそうです。
「前夜は何を話そうか考え過ぎて眠れなかった」
中盤は、パート練習の後、先生の指揮により「魚売り」「冬の子守唄」を皆で歌いました。後半にも、再び先生のお話を聞きました。前夜は何を話そうか考え過ぎて、眠れなかったそうです。予定時間は15分だったのですが、楽しい思い出話しが30分を越えて続きました。進行係の合図がなければ、ゆうに一時間は越えていたでしょう。出席の皆さんも、自分たちの青春と重ね合わせながら傾聴されたと思います。最後は「フィンランディア」「逍遥歌」「第二応援歌」「校歌」を全員で歌い上げました。予定の3時間があっという間に過ぎてしまったとにかく素晴らしい会でした。
熊本高校音楽部同窓会の文字を…
会場には「滝本泰三先生の傘寿及び熊本県芸術功労者顕彰受賞祝賀会」の横幕が掲げられていましたが、先生は冒頭の挨拶の中で、「是非この中に「熊本高校音楽部同窓会」の文字を付け加えて欲しかった・・・」と述べられました。最後には「当時多忙な毎日で、皆さん方に冷たかったことを謝ります」とのしみじみとした発言もありました。最後、東正生さん(40年卒、玉名高校音楽教諭)の閉会の辞の折、遠くからも先生の目もとに光るものがハッキリと見えました。東さんも声を詰まらせておられました。卒業以来久々に顔を合わせる人が何人もいて、感慨深いものを感じたのは、私だけではなかったと思います。江原会では会えない人たちが大勢いらしたのも印象的でした。これを機会に是非、先生も云われた「熊本高校音楽部同窓会」が継続的に開催されることを願うばかりです。
きっかけは100周年記念演奏会
会のきっかけが、「100周年の折、先生を囲む会に十数人しか参加がなくて、とても悲しく思いました・・・7/29に再度先生を囲む会を計画しましたので、是非ご協力をお願いします」との吉田(上塚)伸子さんの電話を受け、同級の山下永寿君を紹介したことが、7/29の40名を越える参加になり、そして今回の盛会に繋がったと思います。吉田さん、山下君、大変ご苦労さまでした。録音編集、写真その他、まだ後始末が残っていると思いますが、引き続きよろしくお願いします。「小さき町」の楽譜復刻版も力のこもったものでした。掲載されている先生の作曲活動の足跡を見た時、唖然としました。熊本県内中学の校歌だけでも40曲を数えました。私の母校、出水中も含まれています。この復刻版(一部千円)は余分に印刷された由。申し込みをされていない方、一見の価値があると思います。最後に、参加された方へ。「フィンランディア」では、ヘンチクリンな指揮で申し訳ありませんでした。まるでずれたラジオ体操をご披露してしまいました。「スオミよ・・・」の直前にトイレからホールに戻った所「誰か指揮をして!」「阿曽田君、あんたやれよ」「やれよ・・・」の突然の声に、「いや」と云えない性格の私は、全体のテンポもつかまないままステージに上がってしまいました。私のイメージで腕を振ったのがCDよりは遅かったようです。二三小節進んだ所で"ずれ"に気付いたのですが、100人以上の"本番"を止める勇気はありませんでした。ステージ上では、CDの再生音が聞こえにくくて一方、皆さんの声が非常に大きいし、また、コーラス部分だけで全体の譜面はないし困惑の連続でした。ステージから飛び下りようかとも思いましたが、仕事の時と同じように、グッと我慢しました。間髪入れずに、滝本先生がピアノの所へ飛んで行かれて譜面もないのに伴奏を始められた時は、先生は昔のままだ、ととっさに思いました。